「数息観の勧め」2018年4月【No.178】

この冬は厳しい寒さが続きましたが、春のお彼岸が過ぎると俄然温暖な気候になり、桜の開花は例年に比べていずこでもかなり早いようです。「哲学の道」の桜並木を借景とするこの光雲寺界隈でも、実に多くの観光客が花見に興じています。まさに頼山陽の「京の四季」に歌われるが如く、「春は花、いざ見にごんせ東山」という風情です。特に南禅寺境内から永観堂を経て「哲学の道」への道中はまるで歩行者天国のような賑わいです。

江戸時代の人達が質素で慎ましやかな日常生活を送りながらも、花見遊山などに汲めども尽きぬ悦びを見出していたことは、当時の人々の書いたものを読めば良く分かります。例えば、柳沢淇園(きえん)の著と伝えられる『雲萍(うんぴょう)雑志』には、「夏日の七快」として、「湯あみして髪を梳(くしけず)る。掃除して打ち水したる。枕の紙を新たにしたる。雨晴れて月の出でたる。水を隔てて灯(ともしび)の映る。浅き流れに魚のうかみ(浮かび)たる。月の差し入りたる」と列挙されていますが、このように何気ない日常の出来事をわが身の「快」(悦び)として受容するには、その人に心の余裕がなければなかなか難しいことでしょう。或いは逆に、そうしたささやかなことに新鮮な感激を見出すことで、その人に心のゆとりがますます醸成されてくるのかも知れません。

現代のわれわれにも花見の時節になれば確かに遊山に出かける人が多くいますが、果たして現代人は江戸時代の人達のような心のゆとりをもっているといえるでしょうか。むしろ人間関係や色んな物事が気にかかってストレスを感じて日々暮らしている人の方が多いように見受けられます。そういう人達に恰好の心の安らぎをもたらすことの出来るのが、数息観です。

小衲はいま何らの病にもかかっておりませんが、念のために三ヶ月に一度の血液検査を或る名医に受けております。それまでは人間ドックに毎年行っていたのですが、人間ドックというものに疑問を感じてからは病院にはとんとご無沙汰しておりました。現在はこの血液検査で身体の状態を詳しくしかも的確に説明して頂けるので、その先生のところへ通っている次第です。

先日伺ったおりに先生が眼を輝かせてこの様な話をされました、「或る禅宗のお坊さんが進行性の胃がんになったので、貴方は禅僧ではありませんか、もっと坐禅をされたらどうかと坐禅を勧めたところ、その禅僧が熱心に坐禅に励み、遂には進行性の胃がんが寛解したのです。免疫力が格段に増強したからです。禅は実にいいことをしていますね」と。程なくして、その先生の看護師さんから、「先生の患者さんで心の悩みのある人がおり、そのストレスからガンになられたと思われるので、その人に会って相談に乗ってやって頂きたいということです」と連絡がありました。自分で言うのも何ですが、うつ病やストレスの解消は小衲のもっとも得意とする領域です。肝心なことは、親身になってその人の悩みを取り去ってあげたいと心から願うことです。マニュアルなどはありません。そうした相手を思う心持ちが根本にあれば、方便は自ずからいくらでも出てくるものだと思います。

娘さんと一緒にやって来られた七十代後半とおぼしきその女性に対して、「ご家庭内の悩みがあなたの一番のストレスになっていますね。その悩みを忘れるために、呼吸をひとーつ、ふたーつと数える数息観をやってみられてはいががですか。何も足を組んで坐禅をしなくても、歩きながら蒲団の上に大の字になりながら、四六時中ひとーつ、ふたーつと丹田呼吸をすることです。成果を求めず、まるで赤子のような純な気持ちで心をこめて数息観を行って下さい。そうするとこれまで気がかりだったことが嘘のように雲散霧消するから不思議です。」と数息観を勧めました。白隠禅師も「臘八示衆」の初日のところで「無量三昧の中には数息を以て最上と為す」と太鼓判を押しておられます。小衲自身も数息観でえもいえぬ三昧の佳境に入った経験をお話し致しました。

そして「オーラの出し方」についても長年にわたる禅修行の経験から得られた私見をお話しして、「普通は自分にオーラが出ていないから出そうとしますね。それでは決してオーラは出ません。わが身が不幸せだと思い込んでいる人が幸せになろうとしても、理想と現実のギャップがどこまでも埋まらずに、幸せになることが出来ないのと同様です。オーラを出すことはそんな難しいことではないのです。すでに今の自分が充分にオーラが出ているんだ信じ切るだけで、即座にパーとオーラが出るものです。私はこのやり方でこれまで何人もの人達のうつを治してオーラが出るようにしてきました。いや、治したというのは語弊がありますね。私が治したわけではなく、その人がもともと持っている自身の輝きを気づかせてあげたに過ぎないというのが、本当のところです」と、この様にお話ししたのですが、話をしながら思わず法悦の境地が現前して、われながら実に楽しい時間を過ごすことが出来ました。

お二人が笑顔で帰られたあとで買い物に出たのですが、運転をしてくれていたスタッフが、すれ違ったお二人の醸し出す明るさに気づいたので、実はかくかくしかじかでと実情を話すと驚嘆の声を上げました。その後、そのご婦人は果たして数息観を継続しておられるのでしょうか。家庭の悩みに心をかき乱されることなく、ひとーつ、ふたーつと数息観を続けられれば、心の安らぎを得られることは疑いありません。乞う、数息観を継続されんことを。合掌。

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