「禅堂の修行生活(その3)」2018年2月【No.176】

小衲の鎌倉建長寺僧堂時代の修行生活について、いま少し語らせて頂きたいと存じます。個人的な体験に過ぎませんが、禅僧は空理空論ではなく自分自身が実体験したことを述べるべきものだと考えるからです。禅修行に関心のある方々にとって、何かのご参考になれば幸いに存じます。
小衲は京叢林で二年半の修行の後に、鎌倉の建長寺僧堂に再掛搭致しました。その経緯はすでに以前のコラムで申し上げた通りです。その僧堂では分別を絶した境地に雲水を追い込むために、「ご案内」・激しい警策・大声での叱咤激励など人為的な方法が採用されていたのですが、小衲にはそのやり方が向かなかったようで、本当の禅定(三昧境)に入ることは出来ませんでした。これはひとえにわが身の道心がその当時は不足していたが故に、周囲のことに気を取られて工夫三昧に邁進できなかったためで、決してその道場のせいではありません。
ところが和歌山での独摂心をした後に転錫して10月5日、忘れもしない達磨忌の日に建長寺僧堂に掛搭してからは、加速度的に工夫が純熟して来ました。転錫の身ゆえ背水の陣で修行生活に臨んだ小衲は、「四六時中の工夫三昧」をすべく、網代笠にもゴム草履にも「無」と書いて、一刻も「無字の工夫」を怠るまいと致しました。修行仲間の雲水の中には戯れに小衲のことを「無っさん」と呼ぶ者もおりました。僧堂では名前の下の一字で普段は呼び合っているからです。例えば、臨済宗中興の祖である白隠慧鶴禅師の場合には「鶴っさん」と呼ぶが如しです。自称する場合には、「鶴っそ」と謙称します。
さて、禅宗の修行は何も坐禅だけが工夫の時ではありません。「(坐禅を)せぬときの坐禅」(至道無難禅師)といわれる「動中の工夫」が非常に大切なのです。古人が「動中の工夫は静中に勝ること百千億万倍なり」と強調されたのは、静中の工夫、つまり坐禅中は誰しも工夫に打ち込もうとするでしょうが、坐禅を離れて日常生活をする上で工夫三昧を継続することはつい怠りがちになり、その結果として、なかなか工夫が純熟することができないのです。
「坐禅中は誰しも工夫に打ち込もうとするでしょう」といま申し上げましたが、実はそれがなかなか出来ずに雑念妄想に執われているのがほとんどの禅の修行者(出家在家を問わず)の実情です。と申しますのも、小衲の体験ではたとえ初心者でも真剣に坐禅工夫すれば、たちどころにえも言えぬ禅定に入ることが出来るはずだからです。ましてや四六時中の工夫を継続すれば、それこそ禅定に入らない方がおかしいと言える境地になります。
臨済禅の公案で初関として師家から与えられるのは、白隠禅師の「隻手音声」と並んで、中国唐代屈指の名僧である趙州禅師ゆかりの「無字の公案」です。「犬にも仏性が有りますか」と問われた禅師が「無」と応答された、その真境涯に到るために、一切の分別を放下して「無ー、無ー」と鈍工夫を続けていきます。無字の公案を工夫すること六年で痛快な大悟をされ、ご自分が編纂された『無門関』の第一則としてこの公案を掲げられた無門慧開禅師は、「昼夜提撕(ていぜい)して虚無の会(え)をなすことなかれ、有無の会をなすことなかれ」と、一切の分別を放下した無字の四六時中の鈍工夫を強調しておられます。
こう言うと、「四六時中の工夫など断じてできません」などと、口答えをする心ない修行者がいるものですが、そういう人は願心が不足しているので、師家のいうことを「真受け」に頂くことができないのです。小衲がこの点に関して良く言及するのが、浄土真宗の名僧・蓮如上人の在家の弟子で、越後新潟の赤尾の道宗の見事なまでの堅固な道心です。道宗は、「お上人が、おい道宗よ、お前独りで近江の湖水を埋めてみよ、と命令されれば、やらせて頂きます」という覚悟のほどを披瀝したそうです。「近江の湖水」とはあの宏大な日本随一の湖である琵琶湖のことです。できるできぬは問題とせずに、師匠の言われることを真っ正直に真受けして取り組む姿勢がいかにも貴いではありませんか。
小衲は23歳の大学院生の時に禅と出逢い、28歳で出家しましたが、25歳の時に山田無文老師が師家をしておられた神戸の祥福寺の一週間の大摂心に初めて参加致しました。その時は誰から教えられたわけでもないのに、自分の呼吸を「ひとーつ、ふたーつ・・・」と数えることに専念しました。いわゆる「数息観」です。僧堂での坐禅というのはずっと坐り続けるべきものだと思い込んでおりましたので、ひたすら坐り込んでいましたら、「おい、お前ら、在家の者が熱心に坐っているのにだらしがないぞ」という叱責の声を聞いて、ふと我に返ると、雲水さんたちは単箱の上に打つぶせになって休息中でした。小衲はいつ休憩時間になったのやら、全く分かりませんでした。唯ひたすら坐禅をして、異様な緊張の中で四六時中数息観をおこなっていた結果なのです。
周囲のことが全く気にかからないというのは、工夫する者にとっては一種の佳境と言えるでしょう。結跏趺坐の痛みも次第に気にならぬようになって参りました。五日目の午後に禅堂の中で信者さんからの供養のパンと飲み物が配られました。ところが小衲はそれを手にしたまま、食べることも忘れ果てて数息観に没頭していたようです。そのことに気づいたのは隣単の雲水さんが、「おい、君ずるいじゃないか。自分だけパンと飲み物を残しておいてあとで食べようというつもりか」という言葉を聞いて我に返った時です。わが身が工夫中であるという意識もなしに、それまで継続しておこなってきた工夫三昧の成果が期せずして現れたものと思われます。
大摂心が終わって大阪の阪急梅田駅に夕刻降り立ったときには、実にわが身の心境の変化に驚嘆致しました。まるで自分が霊峰富士になったような、大盤石の雄大な心境になり、周囲の出来事によって自分の心が乱されることがなくなったと実感したのです。あのまま万事を放下して僧堂に居残って修行に邁進すれば、短期日の間に一気呵成に見性ができたかも知れないのに、いまから思うと残念なことをしたものです。
わが身のこの経験から確実に申し上げることが出来るのは、たとえ初心の者でも脇目も振らずに工夫すれば、立ち所に大死一番して自己本来の真面目に目覚めることはさほど難しいことではないということです。禅の修行をする皆さん方は、どうぞ初心に立ち戻られて、純真な気持ちで鈍工夫に専念されて、痛快な法悦の境地を得られんことをご祈念申し上げます。

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