「禅堂の修行生活(その8)」2018年9月【No.183】

今月は備前岡山の曹源寺での修行時代のことをお話し致しましょう。
曹源寺は江戸時代末前後には太元孜元禅師や儀山善来禅師などの名僧が輩出して天下第一の道場でした。天龍寺の滴水宜牧禅師や円覚寺の今北洪川禅師もこの道場で修行し、大成された方です。ただ小衲が掛搭した当時はもはや正規の専門道場ではありませんでしたので、在錫証明などがもらえるはずはなかったのですが、それでも曹源寺を選んだのは、一年に十三回の大摂心(一週間の集中的坐禅期間)があるという理由からと、山田無文老師の法を嗣がれた優秀な老師がおられるというのを伝え聞いたからでした。

臨済宗の通常の僧堂では一年に七回というのが普通で、曹洞宗はもっと少ないと聞いております。真の「坐禅三昧」を行じるためにはなるたけ大摂心の数が多い方が良いのは言うまでもないことです。ここで小衲は文字通り決死の覚悟で坐り抜き、工夫に邁進しました。公案もすでに透過した初関の「無字」を老師にお願いしたのです。盲腸炎の手術で掛搭が遅れた小衲より先に建仁寺時代の後輩が二人ほどすでに来ていましたが、小衲は他人のことには目もくれず、自らの工夫の充実だけに心血を注いで、四六時中「無、無、無」と工夫し抜くように心がけました。当時の小衲には自分の工夫の不充分さを歎いたりする暇はなく、ただひたすら単純な「無」に成り切ることに努めた結果、図らずも昼間に休息したり、夜に横臥したりすることを忘じてしまいました。そしてほとんどの大摂心のたびごとに、それまで体達した境地を凌駕(りょうが)する禅定に入ることができたのです。それはまさしく充実の極みでした。老師も参禅に際して小衲の心境と禅定を大いに称賛されました。

そうして三ヶ月ほどが過ぎた頃に、小衲はひどいのど風邪をひいて治らなくなったのです。咳は止まらなかったのですが、当の本人は一向に平気で日々の三昧境の充実を心から楽しむ毎日でした。もとより坐禅の最中にも咳は出ましたが、それで禅定が乱れることは決してありませんでした。とはいえやはりこう咳が続いては他の修行者達(その多くは海外からの在家の人達であったが)の迷惑になると思い、早く咳を治そうと思って夜の二時間だけ横寝することにしました。しかし結局のところ、咳が続いて睡眠をとることはできませんでした。修行仲間の中には小衲が死んでしまうのではないかと危惧した者もいたようですが、誠に不思議なことに、私自身は何等の辛さや疲れを感じることもなく、廻りの世界も八面玲瓏(れいろう)として透徹し、日々法悦の只中に生きていたという他はない境地だったのです。

こうして心を「無」の一点に集中して月日を過ごしていた或る日のこと、小衲はいつものように「ゴホン」と咳をして驚きました。「咳をしている自分が無い」のです。どこをどう探しても自分を見つけようがない。咳を機縁として「無の自己」に出くわしたのです。これまで幾度となく禅定に入って「無我」の境地を味わってきたつもりであったが、この時ばかりは正直言ってびっくり仰天するような体験でした。古人が何かの機縁によって悟られたということが偽りではないことがはっきりと体験できたのです。そして初めて、知らないうちに「これほどまでに自我を空じて無我になっていた」自分を自覚したのです。「三昧は三昧を知らず」といいますが、自我の殻は「思わず知らずに」脱落して行くのが本当であり、それがまだ意識できるうちは真の三昧境は育っていないのです。

いずれにしても、このことを経験してからは、「我があるなどというのは分別の迷いであり、無我・無相こそがわれわれの真実の姿である」ということが揺るぎない確信になりました。大歓喜を得た私は、その当時われわれ兄弟が最も尊敬していた片岡仁志先生にお会いしたくなって、許可を得て京都に帰りました。独創的哲学者の西田幾多郎博士門下で京大教育学部教名誉教授であられた先生は、居士身で生涯独身を貫かれ、二十歳の時にすでに病床で坐り抜いて大悟され、更に相国寺の無為室大耕老師に参じて嗣法された。止々庵老師の師である豪放磊落(ごうほうらいらく)な年長者の大象窟櫪堂老師ですら、兄事しておられたほどのお方です。禅で鍛え上げた「本物」はこれほどまでになるという好箇の模範であられました。「教師の教師」或いは「現代の維摩居士」として「知る人ぞ知る」先生に親炙(しんしゃ)できたのは誠に有難き仏縁でした。その先生に電話して、自分の得た心境を申し上げ、「それで先生にお目にかかりたくなりましてね」と言うと、先生は呵々大笑され、「そうか、そうか」と言われて即座にご自宅を訪問することを勧められました。お宅に参上して、咳を機縁として「無の自己」を自覚したことを申し上げ、「咳をしている自分が無いんです、無いとしか言いようがない」と申し上げると、先生は力強く「分かる、それはよく分かる」と頷(うなず)かれました。

これが小衲のささやかな禅体験です。今どきの雲水さんは本当の禅定に入って見性するということよりも、住職資格のとれる年限に達したらなるだけ早く厳しい禅堂の修行生活を切り上げて自坊に戻りたいという人が多いと聞いております。それよりもどうか、思う存分坐禅修行のできる環境にいるわが身の有り難さに目覚めて、道心堅固で禅定の醍醐味を満喫して法悦の日々を送って頂きたいものです。

(なお、九月の月例坐禅会は、第四日曜日が秋分の日のため本山の出頭がありますので、九日の第二日曜と三十日の第五日曜とに変更させて頂きます。)

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