「臨機応変」(月刊コラム【No.108】2012年6月)

光雲寺では諸般の事情により以前には最大8名いた人員が現在は2名まで激減している。そのため特に修学旅行生の坐禅研修の多い5月、6月を迎えて、一人の肩に掛かる負担が増えて多忙になったのは確かである。ひと月に二千人を超え、多い日には6組の坐禅の申し込みがある。その上に住職の運動のためにと飼い始めた柴犬が2匹になり、除草や掃き掃除、水撒きや畑作務、来客の応対など息つく暇がないほどである。

しかしそうだからといって、焦ってストレスを感じ、余裕を失うようなことでは、長年にわたり禅の修行をした面目がないというものである。専門道場の老師の中にも、色んな雲水を相手にして苦慮しながらも、それを乗り越えて「禍転じて福となす」を地で行っておられる方もいる。考えてみれば、小衲のように弟子が何人もいる住職は少ないように見受けられる。独りで幾多の作務をこなし、お寺を切り盛りして頑張っておられる住職も多い。

少し前に、親交のある元パナソニックの副社長さんで、いまはパナソニックの経理大学の学長として実践経営研修を語り継いで人材の育成に専念しておられる方から、「こういう本を作りました」とご連絡があった。川上徹也氏著の『女房役の心得』(日本経済新聞出版社刊)という題名の書である。経営改革に邁進する社長を支え、社員28万人、関連会社や家族などを含めると100万人という超巨大会社の経理部門のトップとして、文字通り身を削って邁進されたその並々ならぬそのご苦労を思えば、一寺院の営繕ややりくりなど物の数ではない。

小衲の好きな禅語に「自携瓶去沽村酒、却著衫来作主人」(自ら瓶を携え去って村酒を沽い、却って衫を著け来って主人と作る)という句がある。主人が「おれは主人だ」などと固執せずに、来客の接待のために瓶(へい)をぶら下げて田舎酒を買いに行き、戻ってきて威儀を正してから主人となって客を接待するという意味で、小間使いにもなり、主人にもなるという無礙自在の実に楽しい境涯である。これこそまさに禅の日常底であるといってよい。

この主人公にとっては、来客のために村酒を買いに行ってくれる者とてないということが何らの不満の種とはなり得ないはずである。それどころか、その使いを自らがすることをひそかに楽しんでいる趣きがある。瓶をぶら下げて自らてくてく歩いて村酒を買いに行く場面とその境涯を想像するに、一幅の絵を見るようなえもいえぬ風光が浮かび上がっている。われわれも常日頃かくありたいものである。

大人数の時には大人数のやり方があり、少人数の時にはまた少人数のやり方がある。身体を動かして自分がやらねばならぬ仕事が増えて、かえって雲水修行時代に戻った充実感を日々感じられるのは有難いことである。或る専門道場で最古参の雲水をしている弟子が所用で自坊に戻った折りに、「見て見よ、道場よりもここの庭の方が綺麗で雑草も生えていないであろう」と「少人数のやり方」について話したことがある。今回、やり方次第で、大人数の時よりも少人数の時の方が、いかに万般をこなしていくかの工夫の醍醐味が味わえるかということが分かったことは小衲にとって大いなる収穫であった。

さてそこで、最後に、われわれと一緒にこの醍醐味を味わいたいという方があれば、光雲寺としては喜んでお迎えしたい。別に出家希望でなくても期間限定でも、健康な男性であれば構いません。月例坐禅会参加申し込みのメールアドレスからお申し込み下さい。