「食品偽装と『無の境地』」2013年12月【No.126】

阪急阪神ホテルズの複数のホテルで提供している料理の食材が、表示されているものとは異なったものが7年半もの長きにわたって使用されていたことが10月22日に明らかとなって以来、次から次へと出てくるわ出てくるわ、挙げ句の果てに帝国ホテルのような一流と目されるホテルでもメニューの虚偽表示が平然と行われていたという驚くべき事実が明らかになった。まったく開いた口がふさがらないとはこのことである。

関西に住む者にとっては「阪急阪神」というブランドは誰もが知って親しみを感じている屈指のブランドである。10月24日には出崎弘社長が記者会見を行い、この問題の謝罪を行ったが、「これは偽装ではなく誤表記です」と強調し、不正に利益を上げる意思は無かったと述べたが、そのしらじらしい釈明を見聞して憤慨に堪えなかった人は数多くいたに相違ない。牛脂注入加工肉を牛肉、ブラックタイガーを車エビ、ブロイラーを京地鶏などと故意に虚偽表示をしたのは、それによっていかにも高価な食材を使っているように見せかけて客の食欲をそそり、裏では材料費をなるだけ節約して利潤を得ようとする行為である。それが大切な顧客を欺く「偽装」とは断じて思っていないという苦しい弁解は、ますます信頼の喪失に拍車をかける結果となったのは当然のことである。

日本百貨店協会(85社)は先月29日に「66%にあたる56社で問題があった」と表明したが、ただ個別社名は、「ささいな事案まで公表すると、風評被害につながりかねない」(井出陽一郎専務理事)などとして公表しなかった。このような身内に甘い自己保身的対応こそが、このたびの深刻な事態を引き起こした一要因であるとは言えないであろうか。

実は小衲はこの食品偽装が発覚する少し前に、招待を受けて出向いた或る有名ホテルの食事に違和感というか何か物足りなさを感じ取って、知り合いの料理人さんに尋ねたことがある。そのマスターは即座に「ホテルの料理長が食材を購入する際によく袖の下(賄賂)をもらっていることを聞いたことがありますよ」と応じて、小衲が感じた違和感をさもありなんという風に反応した。このマスターはよい食材を入手して客に安価で提供することに日夜腐心しておられるということである。それが料理人としての誠実さであり、心構えというものではないか。

日本人は誠実で礼儀正しいことで世界から賞賛されている国民であるが、わが国の祖先から受け継いだ美徳をないがしろにして、食品偽装がかくも病膏肓に入るが如くに全国的に蔓延してしまったのはいかなる原因によるものであろうか。

10年以上も前の新年早々の元旦に英国のケンブリッジ大学の経済学を専攻する教授一家の来訪を受けたことがある。この方は経済学を深く究めることにより、利潤追究を最終目標とはせずに、むしろ「禅の無の境地」こそが経済学の最後の拠り所であるという見識に到達され、日本の禅僧にぜひとも話が聞きたいということで来訪されたのである。対談はまことに和やかな雰囲気のうちに終始したが、付き添ってきた弟子の日本人教授によれば、この教授はこの方が中心になって学会を開けば大勢の有力な学者が全世界から参集するほどのカリスマ的な碩学だということであった。

「無の境地」というのはこの場合、「利潤にとらわれない境地」ということである。何よりも大切にすべき顧客を欺してでも売り上げを伸ばそうという儲け第一主義の利己的姿勢はかえって自らの首を絞めることになる。たとえ利潤が少なくても顧客に対して誠実に真摯に尽くしていけば、わが身も後ろめたいことなく楽しく充実して働くことができ、客も集まって自ずから繁盛することになる。この点を洞察した前述の英国人碩学はさすがという他はない。

偽装が発覚した会社は返金をするところもあるというが、それ以上に一端喪失した信頼を回復することは至難の業であろう。かかる企業は取り返しのつかぬ莫大な損失をしたことになろう。客の食べ残した鮎などを次の客に再度出したことが発覚して廃業に追い込まれ、「吉兆」の看板に泥を塗った大阪吉兆の例を、料理関係者はよもや忘れたわけではあるまい。

色んな企業の創業者たちはこのような事態を危惧して「家訓」を定めたのである。われわれはいま一度先人たちの細心の心構えを学び直さなければならないのではなかろうか。