「師弟の交わり」2018年1月【No.175】

新年明けましてお目出度うございます。皆様方がこの一年、つつがなく過ごされますことをご祈念申し上げます。
昨年を回顧しますと、マスコミなどに一番取りあげられていた話題は、何といいましても米国と北朝鮮をめぐる政治状況の悪化でしょう。米国にトランプ大統領が誕生して以来、北朝鮮との間でますます険悪な状況が発生して、軍事的衝突も起こりかねない事態に立ち至っております。米国と北朝鮮とが戦争になれば、米軍基地のあるわが国にも甚大な被害が及ぶことが予想されます。場合によっては破局的状況に立ち至るかも知れません。どうかそのような愚かな結末を迎えることなく、何とか両国が平和的解決の方向に向かってほしいものでございます。
国内問題に関しては、日馬富士の貴ノ岩に対する暴行事件に端を発した一連の動きが世間の注目を集めました。特に相撲協会に対して、何の話し合いも妥協もしない貴乃花親方の頑迷さは連日のように報道され、危機管理委員会の委員長のみならず報道番組に出演した多くの識者たちの批判を集中的に浴び、その結果、貴乃花親方は「理事解任と2階級降格」という屈辱的な通告を相撲協会から受ける羽目となったことは周知の事実です。
しかし、何人もの人が指摘しているように、その場に同席して暴行を止めず報告もしなかった白鵬や鶴竜などが減俸の処置で済まされ、貴ノ岩の師匠であり巡業部長の貴乃花親方が相撲協会に報告しなかったという理由で、不公平に過酷な処置を受けたのは何とも腑に落ちません。聞くところによると、貴乃花親方は非常に弟子思いの親方だそうです。大切な弟子が理不尽な暴行を受けて憤慨するのは、親方として当然の心理でしょう。どうも貴ノ岩は本当に骨折しているとの噂があります。相撲協会に報告するよりも先ず警察に届け出て、この事件を徹底的に調べて欲しいというのも、至極まっとうな対応のように思われます。
貴乃花親方の相撲協会などへの接し方を見ていると、どうやら問題はわれわれの知らないほど根が深いもののように思われます。モンゴル人力士たちのなれ合いの集まりに愛弟子が行くのを貴乃花親方ははなはだ喜ばなかったということです。白鵬は四十回も優勝しているにもかかわらず、ビンタをするなどの横綱らしからぬ醜い立ち会いに「横綱の風格はない」と多方面から酷評されているのは周知の事実です。
不世出の名横綱、双葉山の時津風理事長時代を知り、栃錦・若乃花の名勝負を手に汗握ってテレビで見たわれわれ世代からすれば、白鵬の場合は勝つためには手段を選ばない横綱にあらざる浅ましい取り口にしか見えません。そうしないと勝てない状況に立ち至っているのでしょう。ここに八百長などの噂の入り込む隙があります。
しかし、一方では、不惜身命で孤高に徹する貴乃花親方の行き方もあまり不器用というか生き下手な気がします。あのような頑ななやり方では批判を受ける隙を自らが作っているように見えるではありませんか。孤危険峻で他人を近づけないやり方よりも、子供やお年寄りまでもが親しんで近寄って来る春風駘蕩な風格が、小衲には慕われてなりません。皆さん方はいかが思われるでしょうか。
貴乃花親方と貴ノ岩の師弟関係に思いを致すことにより、小衲は雲水修行時代に薫陶を忝(かたじけな)くした建仁寺前管長の湊素堂老師のことが偲ばれてなりません。小衲が他僧堂より鎌倉の建長寺僧堂に転錫して最初の参禅で拜をして退く時に、「私もあなたと同じような路を通ってこの仏門に入ったものです。もう一度生まれてきても、もう一度雲水になりたいと思っております」と穏やかに話されたそのお言葉を聞いて、バットで殴られたような衝撃を受けました。老師はインド哲学、小衲はドイツ哲学という相違はありますが、哲学に満足できずに実參実究の禅の道に入ったのは同様です。
背水の陣で臨んだ建長寺時代には、四六時中目の色を変えて工夫三昧で貫くようにして、かしわ蒲団に横になって寝る夜も少なかったように思います。大きな二人引きののこぎりで太い丸太を切りながら、「無ー」と間断なく工夫を続けて禅定の状態で茶礼準備に出向いた小衲の姿をご覧になり、思わず老師が反応を示され、茶礼の時に、三十人いた雲水の中で、小衲の名を呼ばれみかんを投げて寄こされたのも、師弟二人だけに分かる心のやりとりです。
また建仁寺時代に老師の隠侍を拝命してお仕えしていた折りに、老師の隠寮で自分の修行時代のことを話され、「しかし、もう一度生まれてきても、わしはもう一度雲水をやるぞ」と言われたので、小衲も思わず、「老師、私もです」とお答えしたところ、「高単さん」と呼ばれたので、怪訝に思って「えっ」と反応したところ、「今度生まれてくるときには新到で来ますけん、よろしゅうお願いします」と言われ、にこっと微笑まれました。
また或るとき、禅堂で坐禅の坐から降りて、時を知らせる板(はん)を打ってから参禅に出向くと、「さっきの板はお前か」と訊ねられたので、「はい」と申し上げると、「いいなーと思って聴いておったぞ。やっぱり分かるなー」と思いがけなくお褒めの言葉を頂いたことがあります。
しかし時には非常に厳しい言葉で叱責を受けたことがあります。 わが身の恥をさらすことになりますが、一番忘れることができないのは、何といっても老師から骨身にこたえる痛棒を頂戴した思い出です。当時の老師は七十数歳ほどであられたでしょうか。或る日、薬石(夕飯)を持って参上すると、老師はぬい針で法衣を繕っておられたのです。「あれ、老師が把針をしておられる」と思った途端、「お前、何を見ているんだ。さっさとお膳を置いて引き下がらんか」と語気鋭く言い放たれたのです。
薬石が済んだ合図のベルで再び参上するやいなや、老師は実に厳しいお顔をして目を潤ませられながら、「わしは先師・古渡庵老師に繕い物などさせたことは決してなかったぞ」と、実に骨随に徹するお言葉を頂戴しました。わが身の至らなさに恥じ入り、一言の言葉も発することが出来ずに、小衲はただ黙してひれ伏すほかありませんでした。
色々と素堂老師との師弟関係について述べて参りましたのは、師弟の交わり、特に禅修行における師弟の交わりは余人のうかがい知ることの出来ない情濃(こま)やかな格別のものがあるということです。そのことから思いますに、貴乃花親方と貴ノ岩の師弟関係も他人では分からない深いつながりがあるかも知れません。一度貴ノ岩関に聞いて見たいものですね。

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