「王道と覇道」2017年7月【No.169】

拙寺には日露戦争でロシアのバルチック艦隊を撃滅した東郷平八郎元帥の墨蹟が二幅あります。両方とも小衲自身の所有ですが、そのひとつは「天與正義神感至誠」(天は正義に与[くみ]し、神は至誠に感ず)というもので、どうやら東郷元帥ご自身の造語のようです。「わしは、天祐や神助が、必ずあるものと、信じている。ただ、それは、正義あっての天祐、至誠あっての神助だ」と言っておられますが、そのお気持ちを言い表されたものでしょう。この墨蹟には、元帥に傾倒、親炙し、『東郷元帥詳伝』の著作のある小笠原長生(ながなり)海軍中将の箱書きがあるので、真筆と見て差し支えなかろうと思っております。

もうひとつの墨蹟は「以徳服人者中心悦而誠服也」(徳を以て人を服せしめる者は、中心より悦びて誠に服せしめるなり)という『孟子』(公孫丑上、岩波文庫版上巻132頁)の一句が書かれたものです。まことに乃木大将と共に至誠の人と称されて然るべき東郷元帥の揮毫されそうな名句です。乃木大将が明治天皇のご大葬に際して殉死したのを聞いて、東郷元帥は「見るにつけ聞くにつけても、ただ君の真心のみぞしのばれにける」と心からの哀悼の意を詠じておられます。

『孟子』の当該箇所にはこの句に先立って、「以力服人者非心服也、力不贍也」(力を以て人を服する者は、心服せしむるに非ざるなり、力贍[た]らざればなり)、つまり「武力で人民を服従させるのは表面だけで、心からの服従ではない。ただ力が足りないのでやむなく服従したまでだ」という言葉があります。この一段は、徳を以て治める「王道」と、表面だけは仁政のふりをしてその実は武力で威圧する「覇道」との根本的相違を、亜聖と称(たた)えられた孟子が説かれたものです。

古き良き時代の日本人は、このような東洋の聖賢の気高い教えを肝に銘じて日常を過ごされた方がおられたように思われます。そのひとつの典型的例が東郷平八郎元帥でしょう。元帥の偉大さはただ単に日露戦争での軍功のみによるのではなく、むしろ逆に、「天は正義に与し、神は至誠に感ず」という人生の一大信仰を堅持して、難局に際会してもいささかも動ずることのなかった元帥に、天が感応して勝利を賜ったのであろうと推測されます。元帥はまた、「愚直と笑わるるとも、終局の勝利は必ず誠実な者に帰すべし」とも言われております。

翻って現今の日本の政治家たちの体たらくは、目を覆いたくなるような情けないものです。特に現在の安倍内閣と自民党の面々の言動には、多くの国民が疑惑と失望とを禁じ得ないのではないでしょうか。姑息な言い逃れに終始する小人的政治家たちには、国家国民のために私心を捨てて奉仕するという微塵の「至誠心」も感じられないように思えるのは、小衲だけではないでしょう。山口県出身の安倍氏は『孟子』を獄中で講義して服役者たちを感化した吉田松陰の事歷をご存じないのでしょうか。

力や権謀術数に頼り切る者には天も神も味方せず、やがて天や神からも見放されることは必定でしょう。私たちも政治家たちの醜態を自らを顧みる恰好の材料として、いま一度「天與正義、神感至誠」(天は正義に与し、神は至誠に感ず)という東郷元帥の高邁な信条をしみじみと味わってみたいものです。