「新年の抱負」2020年01月【No.198】

 新年明けましてお目出度うございます。「一年の計は元旦にあり」と申しますが、皆さん方はこの一年どのような抱負を持っておられるでしょうか。小衲の抱負を述べさせて頂きますなら、この一年は昨年にも増して禅定力を養い、また坐禅研修に来る人たちにも禅定の醍醐味をお伝えしたいということです。

 昨年には申し上げました様に、単なる理論的学問に飽き足らずに坐禅弁道に熱意を示す若者たちが増えてきているのは喜ばしいことです。毎週土曜日の午後8時からおこなっている夜坐禅(無料、午後7時50分までに仏殿に入ること)への参加者も次第に増加しているのは、社会一般の人たちも心の安らぎを求められてのことと拝察します。一般企業の中には色々なストレスのために自殺に到る悲惨なケースも多いようですし、うつ病などの心の病になる方も数多いと聞いております。これからは学生上がりの若者ばかりではなく、一般企業に勤めておられた人が出家するという場合が増えるかも知れません。

さて、昨年末には神戸の祥福寺僧堂に寄せて頂きました。この禅の道場では現代の名僧・山田無文老師が師家として長年指導しておられました。小衲は昭和四十七年、二十五歳の時に在家の身でこの僧堂の五月の入制大摂心に参加し、数息観に熱中するあまり、期せずして自己を忘ずる体験をすることが出来ました。このたびこの思い出深い僧堂に伺うに至った機縁は、禅文化研究所を通じて、無文老大師の語録の在庫の有無を伺ったところ、思いがけなく僧堂の老大師から進呈して頂きましたので、その答礼のためにお伺いしたものです。
 
 四十六年前に坐禅に励んだ禅堂は当時のままで実に懐かしく、「ああ、この場所で坐わっていたな」と感慨一入でした。雲衲方も他の僧堂に比べて多く、勝れた老師のご指導のもと、ますます祥福寺僧堂と無文老大師の法脈が栄えることを願わずにはおれません。老師のお話では、やはり無文老大師の道力と德力のしからしむるところか、老師と称される大方尊宿方が数多くおられるということでした。

 その後、無文老師と花園大学の同窓で、無文老師がその影響を受けて見性され感謝しておられる、埼玉の平林寺僧堂の白水(しろうず)敬山老師の『牧牛窟遺芳』を拝読しました。天下の鬼叢林と喚ばれた美濃伊深の正眼寺僧堂の惟精老師の峻厳な指導に長年耐え抜かれ刻苦された敬山老師の修行時代のご苦労は、われわれの想像を絶するものです。老師ご自身が著された『牧牛窟閑話』は以前から小衲が何度となく拝読している書物です。

現在の禅界は次第に下降気味になっていることを痛感しております。無文老師や敬山老師のような道心と禅定力のある本物の禅僧が出現することを念願して止みません。

(なお、1月の月例坐禅会は、第二日曜日は本山の法要がありますので休会とし、
第四日曜の26日の一回だけと致します。)

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