「畑作務の功徳と法悦」2023年11月【No.244】

禅の臨済宗では百丈懷海(えかい)禅師以来、「一日作(な)さざれば一日食らわず」を標榜して、毎日作務三昧の生活を送って、伽藍を清浄に保つことが通例となっております。その作務の中でも、畑を作って無農薬野菜を育てる作務は大切なことです。新鮮な採れたての無農薬野菜の美味しさはスーパーで売っている野菜の比ではありません。朝取りのキュウリを諸味(もろみ)や金山寺味噌をつけて頂くと、おもわず感嘆の声が出るほどの美味しさです。毎日沢山採れますので、ご近所さんに差し上げると、とても喜ばれます。
拙寺の光雲寺では毎朝はき掃除などをして集まる膨大(ぼうだい)な分量の落ち葉を堆肥として蓄え、それに加えて料理人さんから頂く野菜くずなどをお寺の野菜くずと一緒に乾燥粉砕して堆肥にしております。墓地の花なども乾燥させて粉砕機にかけ、落ち葉と一緒に堆肥にします。このようにすると、これまでとは格段に違った良い野菜が収穫できることを知りました。畑の畝作りは私専属の仕事です。さつまいもを2畝(うね)作ったのですが、何と芋の蔓(つる)と葉が5畝分も伸びて茂りました。蔓ばかりか葉もたいそう栄養があって良い食材になると、最近坐禅会のメンバーから聞いたので、さつまいものを収穫した際に、簡単にできる葉の調理は知り合いの懐石料理人にお願いし、蔓は私が一日中煮て佃煮にし、粥座(しゅくざ、朝食)の時に酵素玄米のお粥と共に食べると、とても美味しく頂けます。
愛犬の散歩でお世話になっている知り合いの方に差し上げたところ、お勤め先にお弁当のおかずとして持参したら、何人もの人たちから「私にも分けて欲しい」と言われ、差し上げると大層喜ばれたそうです。ご年配の方は良くご存じかと思いますが、終戦直後の時節にはさつまいもの蔓まで食べたということを、食料難の象徴のように良く聞かされたものです。今自分で作ってみるとなかなか美味しくて、捨ててしまうなどとはあまりにも勿体(もったい)ない気がします。
各ご寺院は土地の空いているスペースを沢山所有しておられるところもあるかと思います。私は十八年前に光雲寺に住山してすぐさま農耕の道具類を持参し、土地を耕して畑を作りました。現在は20畝程度を作っております。
しかしただ畑を耕して野菜を収穫し、それで事足れりとするようでは、禅僧としての面目がありません。そうした作務をしながら、絶えずブッダの入出息念定の丹田呼吸を養って行くことが肝要です。そうすると畑(園頭「えんず」とも言います)作務をすることがそのまま法悦の境地になって行くから、益々楽しくなってきます。皆さん方も土地があれば、畑作務をし、丹田呼吸を間断なく行い、法悦の境涯を味わってご覧になりませんか?

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