「率先垂範」2014年6月【No.132】

先日の月例坐禅会に初めて出席された男性は或る有名な鉄道会社に勤務していて、これまで何カ所かで坐禅会にも参加され、また合気道の心得もあるということであった。「これほど本格的な坐禅会は初めてで驚きました」という感想を頂いたのであるが、部下をもつ上司としての心得についての質問があったので、小衲は「それは率先垂範ということが一番肝心でしょう」という風にお答えしたところ、「やはりそうですか」という言葉が返ってきた。

実際、典型的大実業家であった松下幸之助氏も、「私は、小企業の経験も、中企業、大企業も経験もしてきましたが、主人公の率先垂範が第一ということは、まったく企業の大小を問わず、共通にいえることだと思います。」と述べておられる。しかし、それだけに止まらず、さらに「これはまどろこしい点もあるであろうが、部下にまかせるということが必要です。そのうちに、部下もかならずや一人前になり、充分自分のかわりになり、時には自分以上にうまくやるようになるでありましょう。そういう人を多く持っている会社や集団は進歩するものです。」とも付言しておられる。

それでは、われわれ禅僧の世界では「率先垂範」はどのようにあるべきであろうか。小衲が初めて薫陶を忝くした森本省念老師は明治22年(1889)のお生まれで小衲よりもちょうど60歳年長のお方であったが、この高徳の名僧にして「後輩のわれわれが先輩諸老師の逸話を見聞するごとに身の毛のよだつのを覚える」と言われている。

「率先垂範」ということで小衲の修行経歴のうちで先ず思い起こされるのは、建仁寺管長であられた竹田益州老師である。素堂老師に従って建長寺僧堂から転錫した小衲は、素堂老師の師匠であり建仁寺管長であられた益州老師が80歳半ばの年齢でありながら、塀(へい)の上に乗って樹の剪定をされているのに先ず度肝を抜かれた。若い雲水でも危険な作業であるのに、いつの間にどうしてご高齢の管長さんがそんな処へ登られたのか、全く不可解なことであった。

そして益州老師の隠侍(お世話係)を拝命して、ますます老師の作務三昧の日常底に感嘆せざるを得なかった。僧堂の老師を閑栖された身でありながら、ほとんど連日の作務三昧であられる。草引きをされると引かれた雑草を必ず石を上に置かれて乾かされ、「これは肥やしになります」と決して捨てることをされなかった。枝ですらも細かく刻んで肥やしにされるのである。或る時、お風邪を召したので「今日はお休みになるであろう」と思っていたところ、股引をはいて出て来られ、いつものように作務をされたのには驚嘆せざるを得なかった。

薬石(夕食)の時間になってもなかなか仕事部屋から降りて来られないので見に行ったら、何とほとんど見えないほどの薄暗い月明かりのもとで、お得意の山水を画いておられた。三昧境に没入されて時の経つのを忘却されていたものであろう。また或るときには、「知り合いの方が日本舞踊をテレビで放映されるのでぜひご覧下さいという連絡があったが、どこに行けば見ることができるか。副司寮にはまさかあるまい。僧堂の老師の隠寮に行けば見られるかも知れぬが・・・」といわれたので、小衲は「管長さん、いつもお仕事をされている二階のお部屋にテレビはございます。」と申し上げたところ、「ああ、そうですか。あんた、つけることができますか。」「ええ、できます。」「一遍、できるかどうか試してきなさい」ということで試し終わり、「できました」と申し上げると、「偉いもんですな−」と感心されたので、こっちが面食らってしまったほどである。

益州老師のようなお方は、「率先垂範」、行持綿密ということに関してはまさに十成底(じゅうじょうてい、完璧の意)の人であろう。愛弟子である素堂老師を本堂前に連れて行って、雑草を指さしながら、「見て見よ、あんたが除草しないから雲水もしないのだ」と垂戒されたというのは、率先垂範の人、益州老師の面目躍如たるものがある。

小衲も自坊の光雲寺では弟子たちより早く起きて粥座(朝食)の準備をしたり、掃き掃除や畑仕事、典座(料理係)などを率先してやっているつもりであるが、益州老師のことを考え合わせると、まだまだ足元にも及ばない。どこまでも向上の修行の途上である。

それから、長年僧堂で修行した雲衲でも、師匠がなかなか後を譲らずに副住職のままに留めておられる場合を見聞することがある。弟子の機が熟するまで気長に育てられるお師匠様の根気には頭が下がるし、不満も洩らさずに唯々諾々と素直に随順しているお弟子さんにも感心する。松下幸之助氏は「後進に任す」ことの重要性を説かれたが、弟子の我見我慢をこそげ落として純一無雑の素直さを会得させ、「師匠勝りの弟子を育てる」のには、一見冷徹に思えるこうした処遇も必要なのかも知れない。

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