「彼岸に到る」2015年10月【No.148】

拙寺の光雲寺は秋の紅葉で有名な永観堂の近くにあります。永観堂は南禅寺より古くからある浄土宗の寺院で、本来の名は禅林寺というお寺ですが、南禅寺本山への行き帰りや朝夕の柴犬を連れての散歩の際に、その前を横切ることが良くあります。

秋のお彼岸頃にその前を通り過ぎると、何やら書いてあるようなので、近寄って拝読してみますと、「先立たばおくるる人を待ちやせん、華のうてなの半ば残して」という法然上人のお言葉でした。意訳すれば、「皆さん方の近しい方が亡くなってあの世に行かれたら、きっとお浄土で蓮の華の台(うてな)の半分の場所を空けて、皆さん方のことを待っておられることでしょう。」という風になりましょうか。さすがはと感服した次第です。通常わたしたちは「自分が死ぬ」ということをとても恐れます。しかし亡くなってあの世に行った人から見れば、「こんなに素晴らしいところに来れることも知らずに恐れている」ということになります。

越後の良寛さんは長年の禅修行でお悟りの境地に達した方ですが、七十歳を過ぎて恐らくは直腸がんで亡くなられる前に、「われながら嬉しくもあるか、弥陀仏のいます国へ行くと思えば」と詠まれています。「弥陀仏のいます国」は悩み苦しみのある娑婆の「彼岸」であり、涅槃(ニルバーナ)というお悟りの世界です。良寛さんはご自分がおもむくであろう極楽浄土の存在を確信していたのだと思われます。法然上人も遷化される直前に、弟子のひとりが不躾(ぶしつけ)にも「お上人ほどの方ならば、お亡くなりになられた暁には、さぞかし極楽往生されるのでしょうね」と尋ねたのに対して、平然と「わしは日頃から極楽浄土に暮らしていたので、さぞかし極楽浄土へ行けるであろう」と応じられたということです。

映画の「おくりびと」の原作者であった青木新門さんという方は、職業柄、数多くの人の臨終に立ち会われたということですが、どの人も亡くなる直前には本当に仏のような安らかな顔になられるということを証言しておられます。実際に臨死体験をした方々のほとんどが「安らかな気持ちになって、蘇生後も死ぬことが怖くなくなった」といわれています。死に際しては、生物学的にもモルヒネの6.5倍の鎮痛効果のあるといわれるベータエンドルフィンのような脳内麻薬が出て、非常に心地よい陶酔感の中で死んでいくことが可能となることが分かっております。

そして他人やペットに対して愛情や思いやりの気持ちをそそいだときにも、その当の本人が一番恩恵を受けて、心地よくなることが科学的に明らかになっているそうです。来客に対して心をこめて歓待して帰られたあとは、何とも言えない心地よさを感じるのは、なるほどそのためかと合点した次第です。うつ病などで相談に来られた人が満面の笑顔で帰って行かれる姿を見るときには、わが身もえも言えぬ幸福感に包まれます。

しかし生きながらこの陶酔感の極致を味わうには、何といっても禅定に入ることに越したことはないでしょう。数息観でも随息観でも、あるいは公案三昧でも、丹田に気を込めて工夫三昧になれば、期せずして佳境が現前します。「到彼岸」の法悦の時節です。光雲寺の坐禅会には在家の方でこのような法悦を体験した方がいます。皆さん方も生きながら「蓮華のうてな」の上の住人になりたいとは思われませんか。

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