「光雲寺文化財特別公開」2018年11月【No.185】

光雲寺では11月1日(木)から11日(日)まで、京都古文化保存協会からの依頼で、「京都非公開文化財特別公開」の一翼を担い、久方ぶりの公開をしております。普段はなかなかご覧頂くことのできない貴重な寺宝を特別に展示しておりま […]

「画餅飢えを充たさず」2018年10月【No.184】

どうも今年に入ってから異常高温や記録的暴風雨をもたらす台風の相次ぐ襲来など、自然がこれまでにない猛威を振るっております。最近は、こうした異常気象が、実は決して異常ではなく普通になりつつあるというのが専門家の見解のようで、 […]

「禅堂の修行生活(その8)」2018年9月【No.183】

今月は備前岡山の曹源寺での修行時代のことをお話し致しましょう。 曹源寺は江戸時代末前後には太元孜元禅師や儀山善来禅師などの名僧が輩出して天下第一の道場でした。天龍寺の滴水宜牧禅師や円覚寺の今北洪川禅師もこの道場で修行し、 […]

「禅堂の修行生活(その7)」2018年8月【No.182】

先月のコラムの最後で、今月は曹源寺時代の修業についてお話しすると申し上げましたが、一番長く修行した建仁寺時代の修行生活についてまだ語り尽くせないことがありましたので、今月はそのことについてお話しさせて頂きたいと思います。 […]

「禅堂の修行生活(その6)」2018年7月【No.181】

相国寺管長を兼務しておられた止々庵・梶谷宗忍老師は三十キロに満たぬ体重でありながら、われわれ兄弟を非常に峻厳に接得して頂いたのには、正直言って感謝の念を禁じ得ませんでした。昭和十年に建仁寺僧堂に初掛搭された宗忍老師は、ほ […]

「禅堂の修行生活(その5)」2018年6月【No.180】

建長寺から建仁寺に移られた素堂老師について京都にまた戻ってきたのですが、建仁寺修行時代には、私は一層寸暇を惜しんで坐禅に励むように心がけました。僧堂では、禅堂で寝起きして坐禅に集中する「堂内」と、堂内の修行を縁の下の力持 […]

「数息観の勧め」再論 2018年5月【No.179】

光雲寺は本山からの依頼で「南禅寺禅センター」という看板を掲げて大勢の人達(年間1万数千人)の坐禅指導をおこなっておりますが、先日山陰の方から来た中学生から予め質問用紙がファックスで送られてきました。これは長年の坐禅指導の […]

「数息観の勧め」2018年4月【No.178】

この冬は厳しい寒さが続きましたが、春のお彼岸が過ぎると俄然温暖な気候になり、桜の開花は例年に比べていずこでもかなり早いようです。「哲学の道」の桜並木を借景とするこの光雲寺界隈でも、実に多くの観光客が花見に興じています。ま […]

「禅堂の修行生活(その4)」2018年3月【No.177】

建長寺僧堂時代の修行生活についてもう少し書かせて頂きたいと思います。専門道場の生活とは面白いものです。目の色を変えて工夫三昧に打ち込めば、それに相応した法悦の喜びがあります。「法悦の喜び」とは自己を空じた喜びに他なりませ […]

「禅堂の修行生活(その3)」2018年2月【No.176】

小衲の鎌倉建長寺僧堂時代の修行生活について、いま少し語らせて頂きたいと存じます。個人的な体験に過ぎませんが、禅僧は空理空論ではなく自分自身が実体験したことを述べるべきものだと考えるからです。禅修行に関心のある方々にとって […]

「師弟の交わり」2018年1月【No.175】

新年明けましてお目出度うございます。皆様方がこの一年、つつがなく過ごされますことをご祈念申し上げます。 昨年を回顧しますと、マスコミなどに一番取りあげられていた話題は、何といいましても米国と北朝鮮をめぐる政治状況の悪化で […]

「禅堂の修行生活(その2)」2017年12月【No.174】

小衲は最初掛搭した京叢林を結局2年半で下山致しました。そのきっかけとなりましたのは、あまり警策をもらいすぎて背骨に違和感を感じ、医者に診てもらってところ、背骨が変形していると言われたので、このままではいけないと思い、転錫 […]

「禅堂の修行生活(その1)」2017年11月【No.173】

禅宗の僧堂での修行の有様について訊ねられることが時たまあります。禅修行が厳しいということは一般に良く知られておりますが、一般には門戸を開放していない僧堂の修行生活に関心を持ち。厳しい修行を経験してきた禅僧に対して畏敬の念 […]

「看月亭と閑雲庵」2017年10月【No.172】

大本山南禅寺からの要請で「南禅寺禅センター」という看板を掲げて年間一万五千人に及ぶ拙寺の光雲寺には多くの方々が見えられます。そうした人達の中には、紅葉や桜の時節のような繁忙期には京都に来たくともなかなか宿泊所が見つけにく […]

「工夫三昧」2017年9月【No.171】

先日柴犬(名前を小梅と申します)を連れて朝の散歩をしているときのことです。同じように犬を散歩をしておられ時々お目にかかるご婦人が、「和尚さん、私のこの歳でも坐禅できますか」と訊ねて来られました。鹿が谷通りにある光雲寺の石 […]

「禅の行履」2017年8月【No.170】

今月の標題は一般の方々にはあまりなじみのない言葉かも知れませんが、「禅の行履(あんり)」と読みます。禅の起居動作や一切の行状を指すものです。もとより小衲がこの「禅の行履」を存分に行じているかと申せば、なかなか到らぬ事ばか […]

「王道と覇道」2017年7月【No.169】

拙寺には日露戦争でロシアのバルチック艦隊を撃滅した東郷平八郎元帥の墨蹟が二幅あります。両方とも小衲自身の所有ですが、そのひとつは「天與正義神感至誠」(天は正義に与[くみ]し、神は至誠に感ず)というもので、どうやら東郷元帥 […]

「鈍工夫再論」2017年6月【No.168】

拙寺である光雲寺では「南禅寺禅センター」としての年間1万4千人以上の坐禅研修者を受け容れている以外に、毎土曜の午後8時から9時迄の夜坐禅(無料)と月二回の月例坐禅会とを行っております。特に月例坐禅会はもう25年以上継続し […]

「更に参ぜよ、三十年」2017年5月【No.167】

桜も散り観光客で混雑していました南禅寺、「哲学の道」界隈もやや静けさを取り戻した感がありますが、今は新緑が眼にはえて新鮮に映ります。ことに雨の降ったあとなどに見えられた来客の方々は、異口同音に庭の緑の鮮やかさを称賛されま […]

「畢竟じて何の用ぞ」2017年4月【No.166】

お彼岸も終わり、ようやく春めいた時節になって参りました。桜の花もぼちぼち開花して春の訪れを告げております。これから京都の南禅寺・「哲学の道」界隈はますます人出が多くなります。春はまた入学のシーズンでもあります。この光雲寺 […]

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