「更に参ぜよ、三十年」2017年5月【No.167】

桜も散り観光客で混雑していました南禅寺、「哲学の道」界隈もやや静けさを取り戻した感がありますが、今は新緑が眼にはえて新鮮に映ります。ことに雨の降ったあとなどに見えられた来客の方々は、異口同音に庭の緑の鮮やかさを称賛されま […]

「畢竟じて何の用ぞ」2017年4月【No.166】

お彼岸も終わり、ようやく春めいた時節になって参りました。桜の花もぼちぼち開花して春の訪れを告げております。これから京都の南禅寺・「哲学の道」界隈はますます人出が多くなります。春はまた入学のシーズンでもあります。この光雲寺 […]

「禅修行における作務の醍醐味」2017年3月【No.165】

拙寺である光雲寺では、南禅寺本山からの寄託を受けて「南禅寺禅センター」の看板を掲げて一般の方々、特に修学旅行の生徒さんたちの坐禅研修を行っておりますが、それ以外にも25年以上続く月二回(原則として第二、第四日曜日)の月例 […]

「禅と心の修養」2017年2月【No.164】

多くの方がご覧になったと思いますが、全豪オープンテニスのフェデラー(スイス・35歳)とナダル(スペイン・30歳)の決勝戦は「グランドスラム史上最大のビッグマッチ」と言われるほど、まことに見応えのある試合でした。それもその […]

「旧年の回顧」2017年1月【No.163】

新年明けましておめでとう御座います。 昨年も色々と自然災害があり、そのため新年をどのように迎えればよいのか、ほとんど途方に暮れておられる方々も多いことと拝察致します。 4月14日の夜に熊本県を襲った地震は西原村と益城町と […]

「仁と誠の生き方」2016年12月【No.162】

弟子たちが編纂した孔子の言行録である『論語』には、儒教の最高徳目である「仁」についての記述が数多くあります。「子の曰く、人にして仁ならずんば、礼を如何。人にして仁ならずんば、楽を如何。」(八佾第三)礼楽(れいがく)とは礼 […]

「先の大戦の真相と戦後日本の反省」2016年11月【No.161】

飯田進という方をご存知でしょうか。去る10月の13日に93歳で亡くなられた元BC級戦犯の方です。テレビなどでも放映されましたし(例えば「サンデーモーニング」の「風を読む」のコーナー)、ネットでも情報が発信されました。小衲 […]

「近世京都の宮廷文化展」2016年10月【No.160】

今月のコラムは「近世京都の宮廷文化」展のご紹介をしようと思います。 京都は延暦十三年(794)に桓武天皇が都として定められて以来、宮廷を中心として幾多の雅びな文化を育んで参りました。慶応三年(1867)十月十四日の十五代 […]

「呼吸法と禅定」2016年9月【No.159】

坐禅修行にとって「呼吸法」が重要な意味を持つことは、いやしくも少し坐禅を経験した人ならば、誰しも知っていることだと思います。しかし、では正しい「呼吸法」を実践して真箇の禅定に入った人が多くいるのかと言えば、長年、専門道場 […]

「師匠看護と仏道修行」2016年8月【No.158】

今月は前回と前々回のコラムでお話し致しました青年たちと学んだ中から、ひとつの大切な問題を彼らに提起して考えてもらっていることをお話ししようと思います。(現在は彼らの中の一人は見聞を広めるために海外旅行中で、今一人は九州の […]

「跼蹐の情」2016年7月【No.157】

標題に掲げましたのは難しい漢字ですが、「跼蹐(きょくせき)の情」と読みます。中国六朝の梁の武帝の長子である昭明太子の編纂した『文選』には、「高天に跼(せぐぐま)り、厚地に蹐(ぬきあし)す」(張衡「東京賦」)という句が見え […]

「青年教育と禅修行」2016年6月【No.156】

最近、来年僧堂に掛搭する予定の青年が、僧堂生活に資することもあろうかと思って拙寺の坐禅会に参加してきたので、これも何かの因縁かと思い、彼に週一度ほど、江戸時代の名僧方が雛僧の心得を説き示された『雛僧要訓』や『論語』などを […]

「熊本地震と原発事故」2016年5月【No.155】

4月14日の夜に熊本を襲った震度7の地震の余震がなかなか収まりません。半月を過ぎて地震回数はすでに千回を超え、大分県などにも連鎖して地震を誘発しております。前例を見ないほどの強い余震におびえる被災者の方々のご心労はいかば […]

「保福長慶遊山」2016年4月【No.154】

「保福長慶遊山」というのは宗門第一の書といわれる『碧巌録』の第二十三則の公案です。小衲は京都近郊の長岡禅塾で、40年以上も前にこの古則を森本省念老師が提唱された際の印象をいまだ忘れることができません。そのとき老師は『槐安 […]

「涓滴も施さぬ」2016年3月【No.153】

標題に掲げた「涓滴(けんてき)」という言葉は、「水のしたたり、しずく」の意味で、転じて「極めて少ないものの喩え」として使われます。従って、禅宗で使われる際の「涓滴も施さぬ」とは、「一点の妥協も人情も入れない」という意味に […]

「若者たちの心の荒廃とその打開」2016年2月【No.152】

拙寺に坐禅に通っておられる教職員の人たちから最近うかがって、本当に驚いたことがあります。今どきの小学校などでは、授業中に窓から出入りしたり、ゴミ箱を蹴飛ばしたり、子供たちの好き勝手し放題が蔓延しており、ベテランの先生方も […]

「坐禅の工夫について」2016年1月【No.151】

新年明けましておめでとう御座います。旧年中は、あいつぐ火山噴火や「激甚災害」に指定された鬼怒川の堤防決壊などの自然災害がありましたが、今年は何とか大きな天変地異などのない平穏な一年になってほしいものです。 「一年の計は元 […]

「笑いと禅と免疫力」2015年12月【No.150】

最近よくガンにかかった有名人の人たちのことが話題になります。罹患した人の大多数が、どうやら手術や抗がん剤などの化学療法や放射線治療といったいわゆる「三大療法」に救いを求めているようです。ガン以外にも、病気になれば多くの人 […]

「幽谷深山、華自ずから紅なり」2015年11月【No.149】

今年も二人の日本人研究者によるノーベル賞授与が続いたことは、誠に喜ばしいニュースとして日本中を駆け巡りました。生理学・医学賞の北里大学・特別栄誉教授の大村智(さとし)氏と、物理学賞の東京大学教授の梶田隆章(たかあき)氏で […]

「彼岸に到る」2015年10月【No.148】

拙寺の光雲寺は秋の紅葉で有名な永観堂の近くにあります。永観堂は南禅寺より古くからある浄土宗の寺院で、本来の名は禅林寺というお寺ですが、南禅寺本山への行き帰りや朝夕の柴犬を連れての散歩の際に、その前を横切ることが良くありま […]

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